はちみつのdiary

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読んだ:『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』

村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読んだ。

10月に指導教官に会いに行ったら、「村上春樹の小説の中ではこれが一番好き」とおすすめされたので。上巻を国分寺紀伊国屋で買って、下巻を札幌の三省堂で買った。

北海道のウィークリーマンションに着いた夜に読み始め、レストランでハイボールを飲みながら読み終えた。

 

なんというか、「久しぶりに村上春樹を読んだな~」と思った。

ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』、「羊三部作」、『海辺のカフカ』、『国境の南、太陽の西』、『スプートニクの恋人』、『1Q84 BOOK1』、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んできた。短編集では、『カンガルー日和』、『中国行きのスロウ・ボート』、『東京奇譚集』、『神の子どもたちはみな踊る』、『パン屋再襲撃』、『螢・納屋を焼く・その他の短編』などを読んできた。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』だけぽっかり読むのを忘れられてきており、27歳の冬に北海道で読み終えた。

 

「相変わらずどこに辿り着くのかよくわかんない話だな」と思って読んだ。

私はこの作品を二十代後半で読んだけど、十年くらい前に友だちだった子が、「中学生の頃から」この作品が好きだと言っていたのをぼんやりと思い出した。

今にして思えば、なんで彼女がこの作品を好きなのか、よくわからないなと思った。確かにファンタジーの要素は強いし、もしかしたら小学生でもこの作品を読むことはできるのかもしれないけれど、私はこの作品は38歳くらいの人を対象にして書かれたのではないかと思った。

 

自分の意識の中に街をつくるというのはどういうことなのだろう? と思う。

 

また、この話では「影」が自分から切り取られて、その影と自分があらためて別れる、という物語をとっているところが新鮮に思えた。

「影」とは何なのだろう? と思ったので、その後、河合隼雄の『影の現象学』という本を買った。

 

村上春樹は、現代の20代~50代くらいの人に通ずる、誰かに語りたくても語れない、ある意味他人には踏み込んでほしくない領域を書くことのできた人だと私は思っている。27歳の現在、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』はある一種のファンタジーを見せてくれた。

 

それは脱出をはかったものの、未だ留めることになる、意識の底にあり続ける自分というものの核であり、その核は誰にも壊されないように巧妙に隠すことが必要な世界なのである。

 

この本は、きっと中高生くらいで読んだ方がよいのだろう、と思った。

余談だが、母に言わせると『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読み終わった後に『海辺のカフカ』を読むともっとこの本のことがわかるらしい。

 

私はやっぱり『ねじまき鳥クロニクル』が一番好きかな、などと思った。