ティム・インゴルド(2017)、『メイキング 人類学・考古学・芸術・建築』、金子遊・水野友美子・小林耕二(訳)、左右社。
ティム・インゴルドは、1948年にイギリス・バークシャー州レディングに生まれてケンブリッジ大学で社会人類学の博士号を取得した。現代の日本の人類学者の中でも、人気で、彼の提唱した『メッシュワーク』を屋号とする会社もあるくらいであるし、日本の人類学を専攻としている人でインゴルドとメールのやりとりをし、対面を果たしたnoteなども読まれている。
インゴルドの主張は、人類学だけでなく、考古学・芸術・建築にもおよび、それら含めて「四つのA」として取り組んだワークショップをもとに書かれたのが本書だ。
個人的には第五章の「明視の時計職人」がデザインというものを考える上でとても参考になった。
以前、映画『ベイマックス』を見ていた時に、パートナーに「ベイマックスはもとのベイマックスと言えるのだろうか」と訊いたことがあるのだけれど、パートナーは「設計思想が大事だ」ということを答えていて、ものを作る時の設計思想がどのように伝えられていくか、という点でインゴルドの「時計職人」の考え方と、パートナーの「設計思想」の考え方はだいぶ似通っていたと思う。
ユーザー中心のデザインでは、あらかじめ決められたニーズを満たすために、デザインに従う者に対してデザインされた品物のたんなる消費者としての役を与えるだけで、彼ら自身がデザインをするわけではない。(p.154)
という一文で、ユーザー中心のデザインと、デザインを巡るすべてのもの(スプーン、ボウル、テーブルなどとの環境との調和)をどのように目指すかということが――つまり、デザインとはある一つの仕組みや消費者の入れ替えではなくて、全体を取り巻く環境について考えることもデザインの一側面なのではないか、ということを考えることができた。
デザインというとどうしても、カップのデザインとか、髪型だとか、自分が左右するものに目を向けがちだけれども、自分ができる範囲のことをもっと拡張させる部分にデザインをする意味というかオリジナルな部分があるのではないかと思う。
手書きの手紙については、パートナーのお母様と文通をしたり、ノートに書いていたりすることで、自分の考えた点を手触りのある感覚で紡ぎだしているという共感を持っている。
前にも書いたけど、インゴルドがオラファー・エリアソンの作品を語る時はどのように話すのだろう、ということに興味があるし、こと現代アートに関してはインゴルドのものの考え方がこれからかなりの人が影響されるのではないかと思う。
あと、雑感なのだけれど、インゴルドの文章は村上春樹の文を読んでいる時と同じような感覚で(文体? なのか、そういう型だからなのか?)読むことができると思った。
わからないところも結構あるので再読していきたい。