はちみつのdiary

hannyhi8n1から引っ越しました。

アウトプット

パートナーと休日一緒に歩きながら話していた時に、

「私は自分の頭が良いのか悪いのか、自分ではよくわからない。あなたからみたらどう映るの?」

と訊いた。

すると彼は、ちょっと考えてから、

「深いことを考えているとは思うのだけど、表現ができていないし、思考が整理されていない。それまで話し相手になる人がいなかったんだろう。いっぱい話して、いっぱい書くといいよ」

と言ってくれた。

「妹さんは大変だっただろう」

とあとでつぶやくようにも言った。

そして朗らかに、

「でも、今はぼくがいるから、いっぱい話せるよ」

といたずらっぽく付け加えた。

 

私はとても嬉しくなって、

「ありがとう! 私はとても幸せだわ! 嬉しい!!」

と言った。

 

◇◇◇

朝、段ボールを持って集積所にそれを持っていく時、自分の頭にずっと音楽がかかっていることに気づいた。それは脳内自動CDプレーヤーで、しかしこのプレーヤーには「停止」ボタンがない。仕方がないので考え事をした。

 

今日は曇りの日で……快晴よりも曇りの日の方が今は好きかもしれない……曇りの日といえばイギリスのノーフォークに行きたいと思っているのだけどなぜ昨日本屋に行ったら「地球の歩き方」がなかったのだろう……

と思い、よくTwitterでみるフォロワーの写真のイギリスの風景を思い出した。

 

イギリスに行きたい……イギリスに行こう……

 

などと考えていると、頭の中で話しかけてくる声があった。音楽と違ってその「声」は時々、用事がある時にしか話しかけてこない。飄々とした素振りで話しかける。男の子みたいな話し方をしている。

 

”君は最近、過程より結果の方が大事になってきたみたいだね”

と声をかけられる。

”そうよ。過程は過程でしかないけれど、結果はゴールだから”

と答える。

”それに気がついたのなら、頭がいいとか悪いとかいう論争にも終着をつけられそうなものだけど”

と「声」は言う。

 

”君が苦しんでいるのは、過去に誰かに何かを言われ続けたからだろ。でもそれって今は明白じゃないか。彼らが目指していたゴールと君の目指していたゴールが違ったから、言われることも違ってくるのはあたりまえだって”

今日の「声」はよくしゃべる。

”そして君は自分の答えに自信を持っていたし、もっとそのことが他の人にわかるようにできていたら、君もこんなに悩むことはなかっただろうけれど、これが君なりの「適応」だったのだろうね”

 

よく覚えていないが、「声」はこんな趣旨のことを言っていた気がする。

 

”「イギリスに行きたい」と思うなら、そのことはほんとうになるよ。だって君にはゴールがあるんだからね……”

 

二人でそんなことを話していると、公園につき、緑豊かな公園を歩いて烏の濡れた黒い羽根や、道に落ちている様々な葉っぱを見た。上を見上げると、緑の葉っぱは樹ごとにそれぞれ形が違っており、こういう植物の一つ一つに詳しくなることができたら、世界はどんなに広がっていくことだろう、と思った。

 

その後、いくつかの用事を済ませ、帰宅して、声のことなどすっかり気にも留めなくなった頃、しかし昨日パートナーが言っていた、「アウトプットが足りない」とはどういうことなのかとスマホで調べた。

 

そうしてスマホを眺めた後、OASISが再結成されることを知り、何気なくSpotifyOASISをかけたら”Don't look back in anger"が流れた。

 

今は何も聞こえてこなかった。

 

私の中には、いっぱい言葉がたまっているのだろうか、と思った。

「ブログを書くのはよいことだ」

とパートナーは言い、もっといっぱい書いて話すといい、と言った。

 

子どもの頃、いっぱい書くことができた小説が、いまや少し書いては終わってしまうのも、日々の経験に圧倒されているからなのだろうか、とも思った。

それは少しあるかもしれなかった。

 

そうして昨日、靴屋に言ってあるコーナーにあった、何種類もの男性の靴を眺めて、それらが一つ一つ違ったものだと認識できたことを思い出した。

私の世界(そして主に靴などデザインに関するもの)の認識は好ましい、好ましくない、だったけれど、その認識がもうちょっと具体的なものになったんだよなあ、と思った。黒い、茶色い、だけでなく、ここにラインが入っている、こっちはボタンがついている、こちらは線が点線になっている、などなど……。

 

世界が少しくっきり見えてきて嬉しかった。

私の中には言葉がいっぱいあるのかもしれない。