宮本常一、大学生の頃『忘れられた日本人』を読んで「いいな~」と思っていたことがあるのだが、NHKの100分de名著で取り上げられ、認知度が上がり、嬉しい!
ということで、今回は、「宮本常一から見た女の世界って?」をテーマに読んでみました。
女の民俗誌 (岩波現代文庫 : 社会) | NDLサーチ | 国立国会図書館
あとがきに代わる「母の記」を読んで、働き者のおかあさんは、宮本常一に「働け」とは言わなかったのだろうか、と思う。(私はよく言われている)。
全国津々浦々を旅して、話を聞き、「このあたりではこういうことが行われていtるようだった」と書き留め、なんでもないような、そして大きな歴史にはあぶれてしまいそうな人の話を聞いてきた宮本常一に、頭が下がるような思いだった。
この人は、自分を研究者だから、とか民俗学をやっているから、という頭で人の話を聞いていたわけではなくて、ただ昔の生活を知りたいという気持ちで話を聞いてきたのではないかという気がする。
面白かったのは、「家出」「戦後の女性」「婚姻と若者組」「文化の基礎として平常なるもの」で、怖い話だなと思ったのは、「飛島の女」だった。
全体の観として、やはり昔の女は結婚ということが最大のイベントで、家に入って、家の仕事をする(服をつくる、洗濯をする、食事をつくる、育児をする)ということが当たり前に行われていたんだろうな……という印象を持った。そんなわけで、家でできる仕事があるというのに、昨日家で手伝えなかった家人には「すまない……」というお気持ち。いざお仕事をしてみようと思ったら自信がなくなってしまったのである。
何かに書いてあった気がするけれど、(この本だったか、昨日立ち読みしたうつ病抜けの話か忘れてしまったが)、自信というものをつけることで、自分が救われていく、というような話があったことを思い出した。
宮本の書いた話に立ち返ると、女というものは若い頃は好奇心旺盛でいろいろなところに飛び出したがり、そうして結婚する男を決め、家で働いて、自分のことを「何もできない」とか思わず、むしろ、「できることはなんでもする」という勢いで生きてきたのだろうということがわかる。
また、読んでいて「近代化によっていろんなことが変わってしまった」という印象を受けた。
私が、時たま自分に自信をなくしたり、不安になってしまうのも、自分という存在をどこに置けばいいか、よくわからなくなることが多いからである。今のところは家庭に身を置いているけれども、結婚するにあたりやっている日々のあれこれで、「こういうことはやってほしい」と言われることはどんどんやっていこうと思った。
(一度自分の不安について、記事にしようと思うけれども)
女には女の世界があった、と言われるように、私にも、私の置ける世界があるはずである。