このブログは夫にも読めるものだけれど、実は私はこのブログとは別に文書を管理していて、それは付き合った当初から書き続けているものなのであった。今日、約一か月ぶりにその文書をじっくりはじめから読んでみていた。
夫は昨日私に、「透明なままでいるあなたのことは大嫌いだ」と言った。透明、とは私が使った言葉なのであるが、要は反応しない、というような意味である。夫は私に、「こういうことをなおしてほしい」とか、「僕に好きになってもらえるように頑張ってほしい」というようなことを言う。その言葉は私をいつも通過していってしまって、私はいつも「こういうことをされ続けたらいつか僕の愛情は冷めてしまうだろう」と言われるのだった。でもその度に、私は愛情の冷めるとか冷めないとかが、私にどんな影響があると思って私にそのように話しているんだろう、と思うのだった。
夫は昨日、いろいろ私から話を聞いた後にこう話した。
「どうだろう。僕のことを、一度フラットな目で見ては」。
それから夫は、私が生身の人間のままで返事をしないことが嫌だというようなことを言った。
今朝、起きて話をしても「生身のままのあなたでないのなら話さない」というようなことを言った。(気がする)。
「あなたは逃げ続けているんだ」と夫は言う。
どうなのだろう、と思ってファイルを開いてみたが、そこには私が夫に対して、恋人時代から、こういう時間が好きだと思ったとか、こういうことを感じたというようなことが書いてあった。
夫は私に「感じ」させようとする。私の好きとか嫌いを引き出そうとする。本当は今だってこんな文章を書いている場合ではないのだが、一方で、夫は私の、私が夫に対してどのようなことを考えているのか知りたがっているだろうと思う。ファイルを送り付けてやりたいような気もしたが、どういう反応が返ってくるかわからなかったので、このブログに書くことにした。
夫は、私が実はこんな風にいろんな揺らぎをもって生きていることをあまり知らないか、もっと知りたいのではないかと思った。言い訳にするなと言われるかもしれないけれど、ファイルを読んでいたら、夫のことを好きでいる自分がいるのだということを、思い出したりして、しかしこういう自分をどういう風に出したらよいのかわからなかった。
さっきから、「夫は」「夫は」という文章が続く。こういう具合に、私は夫から私自身を隠し続けているのである。
夫は私が「感じ」ているところをもっと知りたいのだと思う。これはセックスの話ではなく、日常の話だ。私が夫のことをどういう風にみているかということを夫は知らない。
でも昨日言った言葉は、彼なりの最大の愛情表現で、その愛情表現のことを私は考えているよということは、伝えたい。