美術館に行ってきた。
特にとりたてて何かしたいからというわけではなく、なんとなく行けそうな距離だったので立ち寄ってみた、というところ。
紅葉が美しく、赤く黄色く染めていた。
白樺や名前を知らない針葉樹などが植わっていて、
「北海道はほんとうに自然が豊かだなあ」と思った。
美術館で展示されていたのは金魚にまつわる作品の展示である。
展示の言葉で
「美術なんてやめようかな、と思った時に金魚に救いを求めた。金魚の作品をつくって生計をたてられているのはよいものの、人間に飼われているはずの金魚によって生活させられている気がする」(要約)というようなことを作家さんが言っており、
「作品は神や天から与えられて触媒として作家がいるだけ、っていう話をよく聞くもんな~」という感想を持った。
升の中にアクリル絵の具でつくられた金魚が泳いでいて、それぞれ「夕鶴」とか「雪松」とか名前がついていて、かわいらしかった。
敷地内には樹々が自然に生えており、キャンプ場とかよりもよっぽど自然の多いところなのであった。色づいていた木の葉がどれも美しかったので、植物の名前を知りたいと思った。植物園にも行かなければいけない。
光がやわらかくあたりをつつんでいた。
神様に導かれてここに来ることができた、と直感的に思った。
落ち葉を踏んで歩きながら、東京で擦り切れるようになっていた自分はなんだったのか、と思った。
いや、北海道にだって擦り切れてしまう場所はあると思うし、東京にも自然がないわけではないのだが。
でも美しい自然をみて、自然がこんなにすぐ近くにあるこの土地を好きだと思った。
帰りのバスで自然や神とは何なのか、をちょっと考えた。
ティム・インゴルドの本を読んでいたせいなのかもしれない。
お風呂に入ってからは、相変わらず山口昌男の本を読んで、「王権の正統性と周縁への影響」について考えていた。読んでいたのは『源氏物語』についての項目である。
今日は10月31日である。
10月はなんのかんのと忙しくて本を読みとおすことができなかった月だ。
だからできるだけ、昨日読んだインゴルドと山口昌男について読み進めようと思った。
また、支払いが終わっていないいくつかの請求書について、支払いを終えようと思った。
また、書類について、明日から忙しくなるのでできるだけ書けるようにしようと思った。
コーヒーを淹れてシャワーを浴び、洗濯をして掃除機をかけ、床を拭いた。
今日は良い感じで一日がスタートしている。