東京、と一口に言っても人が行く場所というのはある程度どこか決まっているところがあるのではないかと思う。
たとえば新宿の方、とか、よく銀座にいる、とかいやいや私は高校生の頃から池袋に生きていますとか。
東京にもこんな場所があるんだな、と思うところに行ったのは結婚式の終わった次の日の夜のことである。
普段行かないあたりにコストパフォーマンスの良さそうな宿があったので、私と夫はそのホテルに泊まった。中央線から乗り換えて、その街に行く。
「へ~、こんな街があったんだね。来たことなかったな」
と私は言う。
昔なじみのパン屋さんと、車の往来がひっきりなしにある通りに面している街だ。
宿から出て、その街で飲もうということで、私たちは夜風にあたりながらふらふらと通りを歩きだした。
すると、なんだか一本通りに入ったところでなんだか薄暗い。ところどころに明かりの灯る食事のできる店の看板が出ているのだが、なんだかどの店も暗くかんじられる。ひっそりとしているようで、大げさに看板やのれんを出していないところが、そんな雰囲気に感じさせるのだろうか。
私たちは通りの方から横にそれて、路地を歩いた。
路地の方を進むと、あたりに何かの鳴き声が聞こえる。
「カエルの鳴き声だ」
こんな街の中で?
さらに進むと、静かな中で生き物の鳴き声だけが響く。
暗闇が濃く、私は夫の顔を見ることができない。
でもそれはただ単に明かりがないだけではなくて、なんだかその場所一帯が何か「暗い」のだ。歩き続けると、そこは行き止まりになっていて、引き返すしかなかった。
私はその時、東京という街の中に、そのどろんとした人々の中に溜まるあらゆる欲望や、寂しさをその暗闇の中に見たような気がした。加えて、その道が行き止まりであったということに、なんだか一種の絶望のようなものを見たような気がした。
結局またもとの車の往来のある通りに戻って、私たちはワインにありついたのだけど、私はなんだかとても疲れてしまって、うまく夫と話すことができなかった。夫は「大丈夫? 疲れているんだね」と言ったけれど、そのあたりの街の雰囲気というか、暗闇の濃さというものをどういう風に伝えたらいいかわからなかった。
後で知ったのだけど、その街は昔、花街として栄えていたところなのだそうだ。なんだかあの妖しい感じは、どこか、時というか思いを留めたままでいるようで、妙に納得してしまった。街のつくりそのもの、というよりも、そこにある雰囲気がなんだかやっぱり、人の暗い部分を受け入れ、支えてきたんだと思った。
――そういうことを、サカナクションの『ユリイカ』を聴いて思い出した。